日本ナレッジ・マネジメント学会アート部会
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第26回KMSJアート部会研究報告書
【日時】平成24年11月17日(土)17時〜20時
【場所】小石川後楽園涵徳亭日本間(JR飯田橋5分)
【テーマ】日本経営思想の原点を辿る〜「石門心学」の経営哲学
 
【参考資料】
1)  石川謙著「石門心学史の研究」(岩波書店)
2)  柴田実著「日本思想体系42石門心学」(岩波書店)
3)  小川晴久著「実心実学の発見」(論創社)
4)  山本育著「日本経営の原点 石田梅岩」(東洋経済)
5)  鈴村進著「石田梅岩 人生の足場をどこにすえるか」(大和出版)
6)  芹沢博通著「いまなぜ東洋の経済論理か」(北樹出版)
 
【小野瀬由一発表概要】
1.    日本経営思想の原点を辿るための研究対象
小川晴久著『実心実学発見〜いま甦る江戸期の思想』(論創社)によれば、江戸時代の実心実学の経営思想家は、熊沢蕃山(1619年京都生まれ)、宮崎安貞 (1623年安芸国(広島)生まれ)、貝原益軒(1630年福岡生まれ)、石田梅岩(1685年丹波国(京都・兵庫)生まれ)、安藤昌益(1703年出羽 国(秋田)生まれ)、三浦梅園(1723年豊後国(大分)生まれ)、山片蟠桃(1748年播磨国(兵庫)生まれ)、大蔵永常(1786年豊後国(大分)生 まれ)、二宮尊徳(1787年相模国(神奈川)生まれ)、渡辺崋山(1793年江戸麹町(東京)生まれ)、横井小楠(1809年肥後藩(熊本)生まれ)等 に代表される。
 当研究会では、日本伝統の芸道・武道の知について研究を重ねた結果、時代を超えて物事が継続されるためには「伝承と革新のための仕組と人づくり」が要点 になるとの結論に至った。芸道・武道は発祥の歴史から様々な変遷を経て現在に伝承されているように、日本企業は金剛組(578年)の創設に始まり江戸時代 には現在まで続く老舗企業が大量に創業した。
当研究会では、日本が世界一の老舗企業大国であることに着眼し、老舗企業を大量に生み出した江戸時代の経営思想に注目し研究を深堀りすることにする。
 
2.鈴木進著「石田梅岩 人生の足場をどこにすえるか〜もっと楽しく生きられる「心」の哲学」論点整理
1)人生の足場をどこにすえるか
〜『都鄖問答』〜
・天が与えてくれる楽しみ⇒本来この世の中は明るく楽しいもの。宇宙がそのようにこしらえた。ところが、人間たちはそれを勝手に汚したり歪めたりして、わ ざわざ悩みの多い、苦しい世の中にしてしまった。そんな汚れや歪みを取り除けば、自然に本来の明るさ、楽しさが蘇ってくる。
・社会の役に立ってこそのビジネス⇒武士も農民も職人も、そして商人も、すべての人たちがその役割を果たすことで、世の中は安定する。商人がものを売買す ることは、世の中の役に立つことである。→(会社の目的を確信し、自分の仕事の意義を痛感すれば、いままでとは違った生き方ができるはず。)
・おおらかにのびのびと生きていいはずだ⇒『易経』では、空には雲が流れ、雨が降り、そこからすべておものが形を生じる→人々が全ての分野で忠実に働け ば、世の中が平穏に、秩序正しく営まれ、それが「楽しい人生」をもたらしてくれる。
・世の中の資産はすべて天下のもの⇒商人というものは、たとえ一銭でも粗末にしない。こうしたわずかな利益を積み重ねて資産を蓄えていく。しかし、世の中 に流通する資産は、すべて社会全体のものなのだ。→商人は自分が蓄えた資産で次の資産を仕入れる。そのとき彼は買い手の立場になるのだから、彼には買い手 の気持ちもわかっている。ものを買うためにお金を出すときには、だれでも一銭でも惜しいと思うだろう。商人はその気持ちがわかるから、自分が売るものには 十分に気を付けて、いいものを親切に売ろうとする。こうすれば、買う人も初めはお金を出すことを惜しいと思っていても、品物がいいのでそれに納得して、も う惜しいとは思わなくなる。→(これが商売繁盛、売上増進の基本)→こうして商人がその経済力を発揮して消費者を喜ばせ、社会で流通が盛んに行われれば、 人々は安心して楽しい暮らしを送ることができる。四季それぞれが穏やかにめぐって、花が咲き実が稔るのと同じように、ごく当たり前のことだ。そこに楽しい 世界がもたらされるのはいうまでもない。→その結果として、商人が山のように財産を蓄えたとしても、それは欲張りだとはいえない。
・天下の財宝を埋もれさせてはならぬ⇒金額はわずかだからあきらめればいいという思想には驕りがある。通貨は「天下の財宝」だから、個人が勝手に処分する ことは許されない。→同じように儲けたといっても、それが人としての道にはずれた儲けであっては、彼の子孫は滅びてしまうだろう。本当に自分の子孫を愛す るのであれば、正しいことを学んで商売が栄えることを実行しなければならない。→(ビジネスマンは「天下」のために、その「富」を大きくしようと努力して いるのだ。この目的に向かって進んでいく限り、仕事に打ち込むことは、そのまま自分自身のビジネスマン人生における楽しみになるはずである。)
・仕事とは天からの尊い使命である⇒ただ、生活のため、金儲けのためだけに仕事をするのであれば、それは自分が本当に務めを果たすことにはならない。いく らうまい話でも、筋の通らない給料・報酬はもらうべきではない。→不正・不当な給料は受け取らない。今日現在自分が置かれているところ、そして自分がそれ に当たっている仕事は、天から命じられたものなのだ。→そういうわきまえがあれば、自分の仕事をおろそかにしなくなるだろう。→(いまの自分の仕事は、天 から与えられた崇高なものであり、その使命を果たすために全力をあげることは、当然天からの命令にしたがうことなのだ。)
 
2)相手も立ち行き、自分も立ち行く
〜『都鄖問答』〜
・屏風と商人は真っすぐなのがよい⇒屏風は少しでも歪んでいたら、たたむことができない。平らな場所でなければ立つことができない。商人も同じで、正直で 中れば人と付き合って世の中を生きていくはできない。
・「正直」こそ不動の道しるべ⇒正直であれば最後はいい結果を得られる。それは、その人の行為が天の命にかなっているからだ。
・不正に儲けるものは商人ではなく盗人だ⇒目先の利益だけ追いかけていると、結局は身を滅ぼすことになる。
・相手も立ち行き、自分も立ち行く⇒わたしにとっては命も大切だが、人としての筋道を守ることも大切だ。もしそのひとつだけしか選べないとしたら、私は命 を捨ててでも筋道を守りたい。
・利益を得るのは商人として当たり前のこと⇒利益を取って売るのが商人の正しい道だ。元値で売るのが正しい道だなどということは聞いたこともない。
・商人は客に養われている⇒本当の商人は取引の相手方も成り立ち、自分も成り立つことを考えるものだ。→武士が命を惜しんでいては、武士とはいえない。こ のことをよくわきまえれば、商人も自分が何をすべきかは自然に明らかになる。自分はお客様に養われているのだから、そのご恩を深く感謝し、努めを少しもゆ るがせにせず、誠心誠意お客様のために尽せば、十のうち八までは気に入っていただくことができるだろう。
・商売の信用とはナイーブでデリケートなもの⇒従来利益が一貫目あったものを九百目で辛抱してみよう。そうすれば、お客様から不満を寄せられることはな い。同業者から割り込まれることもないだろう。→(その穴埋めは経費の削減である。→経費が一貫目かかっていたとすれば、それを七百目で抑えればいい。そ のためには贅沢な遊興は道具集めを減らし、普請をやめよ。)
・部下に対する評価基準は能力プラス年功⇒能力が上の者に上の仕事をさせればいい。同じ仕事をさせてみて、先に進んだものが能力があると考えていい。もし も能力が同じであれば、店に先に入ってきたほうを上にすればよい。
 
3)ビジネスは「原点」を忘れたら命とり
〜『都鄖問答』〜
・借りたものは返すのが当たり前⇒金を貸した人が、返してくれと催促してこないからといって、それをいいことにして自分が裕福に暮らしていたのでは、それ は盗人と同じではないか。
・他人の力を当てにする愚⇒人から借りた刀で戦っていると、いつ何時その持ち主から「返してくれ」と要求されるかわからない。⇒こんな見せかけの戦力は危 険である。
・ダメ社員を甘やかすと有能な社員がくさる⇒忠実で信頼できる者を手厚く処遇することは、本当に役立つ者を励まし奮い立たせることになる。
・人間は互いに助け合うものだ⇒金銀は世の中の宝だ。人々は誰もがお互いに助け合うものだ。
・融資の条件は天の命にかなうかどうか⇒お金は天の命にかなうように、大切に慎重に扱わなければならない。
・世間との付き合いはどこまで必要か⇒人と付き合うには、尊敬の心がなければ本当の交際とはいえない。
 
4)贅沢を慎み、倹約を楽しむ
〜『斉家論』〜
・倹約の大切さを教える⇒『論語』では、派手にするより倹約したほうが礼儀にかなうものだ。
・倹約はケチでなく、過不足なく使うこと⇒倹約とは、ケチにすることではなく、資産を適切に利用し、自分にふさわしい程度で、多すぎず少なすぎず活かして 使うことだ。むだつかいを嫌い、そのときに合わせ、筋道にかなうように用いることなのだ。
・倹約するなら思い切りやれ⇒飢えず、寒からず、心安らかに過ごすことを楽しみというのだ。『論語』では、心の正しい人は腹いっぱい食べることや、広い家 に住むことなどを目的にしているのではない。
・世間体を気にしていたら倹約はできない⇒商人の家ほど衰えやすいものはない。根本原因を探ると、それは愚痴という病気なのだ。この愚痴はすぐさま奢りに なる。愚痴と奢りは二つのもののようだが、実際には区別することのできないひとつのものなのだ。
・倹約が企業盛衰のカギを握る⇒倹約に徹すれば、最後の土壇場での粘りを発揮することができる。倹約を忘れて奢りに走れば、転落の加速度は倍になる。
・職名・役名のもつ責任を軽視してはならない⇒人の呼び名(職名)は大切な世の中の秩序を表しているものだ。それが実体に伴うものでなければ、それは秩序 を破壊する背徳行為だ。
・なぜ秩序を守れなければならないのか⇒商売は自由に競争するべきだが、そこには一定のルールが必要である。商人道とか商業道徳とかいわれるものも、その ルールを守る姿勢のことである。
・自分の力を過信してはならない⇒常に、「これは天の命にかなっているのだろうか」「奢りや不遜に陥ってはいないだろうか」、そして「動機善なりや」と自 分に問いかけるべきである。
 
5)私欲におぼれず、私欲を生かす
〜『斉家論』〜
・倹約するからこそ人を幸せにできる⇒文字や言葉の勉強をすることは末節のことだ。自分の本業に努めることが根幹だ。すべて学問というものは、何が根幹で 何が末節かを知ることが大切なのだ。
・私欲をむさぼれば天罰が当たる⇒無駄使いはいけない。浪費してはならない。なぜなら、それは世の中のありがたい恩恵を忘れて、「まだ足りない」「もっと もらっていいはずだ」とむさぼり続ける思い上がった不遜な行為だからである。
・放心という三つの欲望を捨てよ⇒学問する目的はほかのことではない。ただ自分が見失ってしまった自分の本心(放心)を取り戻すことなのだ。「放心」のあ らわれは、名聞(実力以上に認めてもらいたいと望むこと。)と利欲と色欲の三つである。→そんな欲望が自分の内部にあること、それが自分自身の一部を形成 していることを認めたうえで、世の中の役に立ち、人を喜ばせることができるように努力すること、それが本当の人間の生きるべき道である。
・倹約を勧めるのは生まれつきの「正直」に返すため⇒世の中には、そのものにとって「在るべきすがた」というものがある。一度、原点に返って、われわれの 「在るべきすがた」を考えてみよう。
・「正直」から出る倹約は人を助ける⇒正直にしないで生きているものは死人と同じで、生きている値打ちもないものだ。⇒正直な心で倹約を実行すれば、それ は人を助けることになるのだ。
・天災のために借金を返せないとき⇒欲望を抑えようとしても、なかなか抑えられないだろう。抑えようとしても、あとからあとから起こってくることだろう。 起ってくることは仕方ないが、それを求めるような行動を起こさないことだ。
・父の悪事を秘密にするのも「正直」か⇒『孟子』では、大聖人といわれる舜皇帝の父がもしも人を殺したとしたら、それが善であるか悪であるかなどというこ とは度外視にして、舜皇帝はすぐに父を背負って人に見つからないように隠れるに違いない。この惻隠の情というものは、天の自然の営みにあるものなのだ。
・「分不相応」の恐ろしさはここにある⇒自分が天から与えられた才能、人格、品性を超えて慢心することが「分不相応」である。能力も乏しく、人格、品性と もに下劣な者が、大きな権限を手にすると間違いを起しやすい。この「分不相応」を慎み、不当、不正なところをなくすことも倹約である。
 
6)いかにして人を動かすか
〜『石田先生語録』〜
・三ついるところを二つで済ませる⇒倹約の効果は、@余計なものを捨て去れば大事なものだけが見えてくる、A貪欲にならないから世の中に迷惑をかけない、 B暮らしが安定し質素になれて、不況にも耐えることができる、C余裕ができて困っている人を救うことができる、Dこれが積もり積もって国の財政に余裕がで き、世の中の人々すべてを幸せにする政策を推進することができるようになる。
・くせを直すのも倹約のひとつ⇒わたしと付き合っていただく人によけいな心遣いをさせないのも倹約であり、そのために自分の悪いくせを直すのも倹約だ。
・義に向かう社員教育はかくあるべき⇒商家で働く者たちを正しい心掛けで有効に働かせるには、@丁稚(新人)教育:集合教育(読書き+算盤)+OJT(商 品知識+行儀作法+商売マナー)+自己学習(夜間読書) A手代(主任・係長)教育:経営者に不行き届きや落ち度があれば申し出て良いがなければ、申し出 がないのに奉公ぶりが悪いと許さない B妻(管理職・役員)教育:副社長の信条や方針が株主と意向と根本的に食い違っているならば退任+副社長は社長に内 緒で部下とヒソヒソ話をするのは社内では禁物+副社長に職務分担した仕事は権限委譲 C親(会長・株主)対応:すべて親の意見を尋ねる+業績を上げ株主の 皆さんへの配当を最高にするのが私の務めとする。
・後継者を甘やかさないことが鉄則だが⇒後継者は絶対に甘やかさない、@店のすべてを新社長に任せ切ってはいけない(大切な問題は手代全員集めて議論して 決定) A主人・手代の奢りは遠慮せず改めさせよ B人に迷惑をかけるような事は絶対しない C利益になることでも金銀を貸してはならぬ D正直に商売に 精を出し職分を全うすれば利益は伴うもの E本業以外の商品を店に置くことは許さぬ F自宅通勤の手代とも常に仲良くして相談せよ G新社長がわかままそ したり、身持ちがふしだらになったら、手代達が意見して改めさせよ、万一改めない場合、隠居させることも止む無しとする。
・低い山よりも高い山を越えよ⇒目先の難易度などは、いつ何時逆転するかしれない。あらゆる場合の判断の基準は、それを自分の天の命と感じることができる かどうかというところにある。天の命を正しく感得できるかどうか。学問はそれを得るための大事な道標であり、これを欠く者は正しい判断の道筋へアクセスす ることができない。
・堅苦しいことだけがいいのではない⇒『都鄖問答』では、神道でも、儒教でも、仏教でも、悟りを得ることには変わりはない。どの法で得ても、『心』を悟る ことになるのだから。
・「我」を立てなければ満足な仕事はできない⇒すべての世界中の善いことを自分に集めてやろうと決意せよ。またそのうえに、『自分は天地とひとつになるの だ』と決意せよ。その究極のところでは、自分自身のことなどはすべて忘れ去ってしまうのだと決意せよ。自分のこの覚悟は実現せずにはおかぬぞと堅く決意 し、この我を完成させるために、一心不乱に忠の心を磨くのだ。
・お上からとがめられたらどうするか⇒「天地アレバ我ナシ、我アレバ天地ナシ」⇒天の命を知り、道を説くことに一身を捧げ、ついには天地と一体になる信 念。
 
3.芹川博通著『いまなぜ東洋の経済倫理か』論点整理
1)石門心学とその消長
 石田梅岩の思想である『石門心学』は、京阪地方の一部の商人たちの心をとらえ、梅岩没後、継承者手島堵庵(1718〜1786)の登場により事態は急展 開した。堵庵は、梅岩以来の月次の研究会を会輔と名付け、会輔席にあてる講舎の制をたて、全国で15カ国に22舎が設立された。明治以降、講舎の多くは廃 絶されたが、20世紀以後、法人として残ったものがいつくかある。
 
2)『石門心学の経済倫理』アウトライン
(1)正直・倹約・家業精励の経済倫理
1)石田梅岩の実践道徳の根本は、正直の一言につきる。
2)商業道徳の根本も正直の心であり、商人の利潤を正当化し、そうすることが「商人の正直」であるとする。
3)倹約ということが正直の心の現れであり、倹約は身を修め、家をととのえるためのものである。
4)倹約とは物の法に随うことである。いいかえれば、倹約とは客観に徹することである。
5)倹約とは、その物のもつ性質に適した消費が行われ、物の効用を十分に発揮せしめることで、ある種の経済合理主義である。それは物を活かすことである。
6)わが為に事をすることは欲心であり、倹約は天下のための為すことである。
F約を守って美麗とせず、家業を疎かするは、財宝は入りてもすべて出ることを知る。
G家業の精励(手島都案)、福労の節(脇坂義道)
 
(2)知足安分の職分観
1)「その形そのまま心」の説は、現実の社会生活に即した商人の職の自覚という意味と、幕藩体制の秩序の肯定、尊重という意味の二面性をもつ。
2)人間は本来、何の差別もない尊い人間性をもつものであり、そのうえに、知足安分を説く。
3)士農工商それぞれの職分は天命(天職)である。
4)「足ることを知れ、足ることを知れ」(鎌田一窓)
 
(3)売利を天命とする商人観
1)「売利」は「欲心」ではなく、「売利を得る」ことこそ、「商人の道」であるとし、商人の利を武士の禄に対置する。
2)農工商の所得は、武士の禄と同様に、その社会的貢献に対する禄とみる。
3)商人は営利によって職分を全うしうるものである。
 
(4)顧客の自由と共心一同の商人倫理
1)行商では「得意セセリ」を戒め、得意を大切にする心がけが必要である。
2)天命に任すとは、売先の気に入る品物を自由に買わせることで、天下の商人は売先と心を一つにすべき。
3)商人道を学ぶ人は、自然の心に向かうことで、一門一家、町内同じ商売仲間、共に心を同じくして、商いを楽しむに至るべし。
 
(5)自他共に立つ経済倫理
1)真の商人は、先方も立ち、我も立つことを思うなり。
2)自他共に万事通用して心休めるための売買にあらず。これ天下の心同じきことを知ることにあらず。
3)「我は福を得、天下の人は心安らかならば、天下のお宝という者にあらずや」と、商人は福を得、天下の人は心安らかとなり、商人は「天下の宝」と称せる ものである。
4)「売ってよろこび、買ってよろこぶ」(布施松翁、中沢道二、柴田鳩翁、奥田頼杖など)
5)顧客も商人も共に立つ経済倫理や、共心一同の商人倫理は、「共生」の経済倫理ということができる。
 
4.石門心学の『企業人「心」教育プログラム』としての考察
 石田梅岩による『石門心学』が登場した江戸時代は、徳川幕府による天下統一が成り260年間もの長きに亘り天下泰平が続き、日本文化が爛熟した時代でも ある。
 この時代、徳川幕府の参勤交代制度により諸藩大名は江戸屋敷を設け、江戸屋敷には妻子と家臣を住まわせたため、江戸の人口は100万人に達し世界最大規 模の商業都市となった。
 徳川幕府は、対外的には長崎出島での中国・オランダ交易、対馬での朝鮮交易を除いて鎖国し国内重視政策を採用したため、国内自給経済が形成された。江戸 時代中期には、江戸・大阪・京都を中心とする三都と各藩城下町を中心とする複合的な経済システムが発展し、町人層を中心に、学問や文化・芸術等様々な分野 の習い事が活発化し、同時に3千を超える商業を中心とする生業が起り現在まで老舗企業として継続しているものもある。
 この時代、丹波国農家次男として生まれた石田梅岩は、京都呉服商への2度の奉公を得て番頭まで昇りつめ、丁稚・手代時代に読んだ「四書・五経」の知識と 呉服商としての実務経験を経て、「士農工商」の身分制度で蔑まれた商人のあるべき姿とその実践知識を無料講話により説き広める活動を始め、その講話は『石 門心学』として全国3万人の門下生へ受け継がれた。また、江戸幕府老中松平定信も心学思想に理解を示しこれを奨励した。
 石田梅岩の『都鄙問答』『先生問答並門人物語』『倹約斉家論』等に記された心学思想は、仏教・儒教・神道の悟りと商売の実践経験に基づく「商人道」であ り、その思想は、1)正直・倹約・家業精励の経済倫理、2)知足安分の職分観、3)売利を天命とする商人観、4)顧客の自由と共心一同の商人倫理、に要約 できる。
 
1)正直・倹約・家業精励の経済倫理について
 石田梅岩の商業道徳及び商業実践の根本は「正直の心」であり、今日に置き換えれば、「法令遵守(コンプライアンス・マネジメント)」「公正競争」或いは 「倫理的経営(エシクス・マネジメント)」に徹することが企業存続のためには重要であるといえる。
 100万人規模の大都市になった江戸をはじめ、大阪、京都では、巨大な在住庶民の消費市場が形成されたため、商業が栄え多くの豪商が登場した。今でいえ ば、所得ランキングに豪商の名前が連ねた状態といえよう。しかし、梅岩は奢る、昂る豪商は長続きしないことを体験的に学習した。このことは、日本経済の金 融バブル、ITバブル後の失われた20年間の企業盛衰を見ても明らかである。
 
2)知足安分の職分観について
 士農工商それぞれの職分は天命(天職)であるとする「知足安分」の職分観は、今日の社会では通用しないと考えられる。しかし、生まれ育った家族環境や成 育環境は職業観や学習継続に影響を与えるのは確かである。今日では、自分が希望する職業継続のための知識を学ぶ機会や支援制度が充実しているので、職業意 識や研究意識があれば学習機会を創ることは比較的容易であり、その点では江戸時代よりも恵まれているといえよう。
 
3)売利を天命とする商人観
 「売利を得る」ことが「商人道」であるとする商人観は、今日の商業でも重要な観点といえる。
今日の企業は激動する経営環境下での競争を強いられており、多くの企業は目先の売上獲得に奔走している。梅岩の「正直の心」「倹約」「家業精励」の思想 は、企業は得意分野に集中し、適正商品・サービスを適正価格で仕入れ、適正価格で販売することにより、顧客満足が得られる。かつ、費用は出来るだけ倹約す ることにより、適正利益が得られることを意味している。これにより、顧客は再びその企業を利用するようになり、そこで支払われた「カネ」は世の中を循環し 「天下を潤す」事になる。
 
4)顧客の自由と共心一同の商人倫理
 天下の商人は売先と心を一つにすべきとする商人倫理は、今日に置き換えると「マーケティング」といえよう。
 商人は顧客発想・顧客目線で良い商品を適正価格で仕入れ適正利潤で販売することにより顧客満足を得られるとする「マーケティング活動」は、今日の商業に おいても最も重要な視点である。
 
5)自他共に立つ経済倫理
 梅岩の「真の商人は、先方も立ち、我も立つことを思うなり」は、今日のWin-Winの関係性マネジメントといえる。
 日本では、近江商人の「三方よし」のように、単に売り手、買い手だけでなく、社会の満足を考える経済倫理が早くから芽生えていた。
さらに今日では、持続可能社会を維持するための経済倫理が求められており、その意味で「廃棄物削減」「節電・省エネ」など顧客参加型CSR活動を企業主導 で展開することも新しい経済倫理視点といえよう。
 
(文責:小野瀬由一)


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